問屋の仕事も激減し、問屋の社長にはカシューの仕事やスクリーンをしたら仕事を回すとも言われました。
しかし、「ならぬことはならぬ」。
何の為に6年間、修行をしたのかを考えると流石にそれは出来ませんでしたし、
「御蒔絵」の名にも関わり看板を降ろさなければなりません。
そんな折、塗り師のAさんと蒔絵師のTさんが話が有ると工房にお出でになられました。
話の内容は「これからは問屋を当てにしていては駄目な時代になる。
職人が自ら作った品物を自分達で販売までして行かなければならない。
その為に職人が手を取り合ってやって行こう。」と言う事でした。
私も共感し、木地・塗り・蒔絵の職人15名程で「会津漆器職人の会」が発足する事となりました。
御蒔絵やまうちのホームページは
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